1. 本書の概要
エマニュエル・トッドの『世界の多様性』は、1983年刊の『第三惑星』と1984年刊の『世界の幼少期』を合本した、彼の思想の原点ともいえる記念碑的著作です。本書で提示された「農民社会の伝統的な家族構造が、近代世界のイデオロギー(共産主義、自由主義など)や経済発展の多様性を決定づける」という大胆な仮説は、刊行当時のフランスで激しい論争を巻き起こしました。
歴史人口学、人類学、政治学を横断する壮大なスケールで、世界各国の政治・経済・社会の「なぜ?」を「家族」というただ一つの鍵で解き明かそうとする本書の試みは、著名な歴史家ピエール・ショーニュなどから熱烈な支持を受けた一方、既存の学問領域からは激しい反発も受けました。ソ連崩壊やアメリカの衰退を予見したトッドの後の著作群の出発点であり、彼の思考の核心に触れることができる、知的興奮に満ちた一冊として、今なお多くの読者に衝撃を与え続けています。
2. 著者と関連作品
エマニュエル・トッド (Emmanuel Todd)
- 経歴: 1951年生まれ。フランスの歴史人口学者、家族人類学者、政治評論家。パリ政治学院で学んだ後、ケンブリッジ大学にて歴史人類学の博士号を取得。フランス国立人口学研究所(INED)の研究員として、家族構造と政治・経済システムの関連性を分析する独自の視点を確立。
- 専門分野: 世界各国の伝統的な家族構造(権威主義家族、核家族など)を類型化し、それが識字率、人口動態、イデオロギー(共産主義、自由主義など)、経済発展に与える影響を分析する。データに基づいたマクロな歴史分析と未来予測に定評がある。
- 主要な著作:
- 『最後の転落』(1976): ソビエト連邦の乳幼児死亡率の上昇などのデータから、その崩壊を予言し、一躍注目を浴びたデビュー作。
- 『帝国以後』(2002): アメリカが世界にとっての「問題」となりつつあることを論じ、その相対的な衰退を予測した世界的ベストセラー。
- 『移民の運命』(1994): 各国の家族構造の違いが、移民の同化モデル(フランスの同化主義、英米の多文化主義など)を規定していることを分析。
- 『経済幻想』(1998): グローバル経済の画一化という「幻想」を批判し、各国の資本主義モデルが家族構造に根差していることを論じる。
3. 目次(本の設計図)
本書は大きく2つの著作から構成されています。カードをクリックして各パートの核心を掴みましょう。
序文
第三惑星:家族構造とイデオロギー
共同体型と権威主義型
二つの個人主義と内婚制
世界の幼少期:家族構造と成長
近代性の諸次元
4. 牛っと詰まったエピソード
本書を彩る、知的興奮と驚きに満ちたエピソードの数々。クリックして詳細をご覧ください。
学会からの追放勧告
ロシア文学の謎を解く鍵
キューバ革命と自殺率
フランス革命はパリ盆地の産物
ナチズムとユダヤ、悲劇の鏡像
日本の会社は「家」である
イスラム原理主義と結婚年齢
カースト制度と母の力
ポル・ポトと「アノミー家族」
5. 基礎からわかる牛&A
本書の核心に迫る、基本的な疑問にお答えします。
Q1. この本の中心的な主張って、一言で言うと何?
Q2. 「家族構造」って具体的にどういうこと?
Q3. なぜ共産主義はロシアや中国で成功したの?
Q4. 日本の家族はどのタイプで、どんな特徴があるの?
Q5. イスラム世界の政治や社会は、家族とどう関係しているの?
Q6. この理論は現代でも通用するの?
6. 重要キーワード解説
本書を深く理解するための鍵となるキーワードです。
家族類型
権威主義家族
共同体家族
絶対核家族
平等主義核家族
内婚制
外婚制
識字化
人口動態上の移行
7. 心が牛っと掴まれた
- 世界の見方が根底から覆された! 政治や歴史の「なぜ?」が、家族という視点で一本の線につながる爽快感は他にない。ニュースで見る国際紛争の背景が、まるで違って見えてくる。
- 自分の国の文化や国民性が、何百年も前の農民の家族のあり方に規定されているという指摘に、鳥肌が立った。日本人であること、フランス人であることが、これほど深く歴史に根差しているとは。
- 共産主義やナチズムといった巨大なイデオロギーの起源を、権力者の意志や経済ではなく、身近な「家族」の関係性から解き明かす視点が斬新で衝撃的だった。
- データと地図を駆使して世界を大胆に分類していく著者の知性に圧倒される。まるで世界史の謎解きミステリーを読んでいるような興奮があった。
- 決定論的すぎるという批判もわかるが、この大胆な仮説は、現代社会が抱える移民問題や経済格差を考える上で、無視できない重要な視点を提供してくれる。まさに「現代の教養」と呼ぶにふさわしい一冊。